「無酸処理の海苔」という言葉を、どこかで目にして調べていらっしゃるのだと思います。そして、こう思われたのではないでしょうか。「酸処理って、そもそも何をしているの?」「普通の海苔は、何か問題があるの?」と。
先にお伝えしておきます。酸処理は、海苔づくりにおいて理由のある工程です。それをしないという選び方もある、というだけの話です。どちらが上でも下でもありません。
私は宮城県七ヶ浜町で海苔を扱っています。以前は自分自身が海苔漁師として現場にいました。今も産地の漁師さんと直接やりとりをしながら海苔を選んでいます。その立場から、できるだけ公平に説明してみます。
海苔は、海に張った網に胞子を付けて育てます。この網を、有機酸などを溶かした液に一度浸してから、また海に戻す。これが酸処理と呼ばれる作業です。海苔そのものを酸に漬けて出荷する、という話ではありません。育てている途中の網に対して行う、栽培工程の一つです。
日本の海苔養殖で使われ始めたのは1970年代とされ、1980年代の半ばには全国的に広がりました。つまり、今流通している海苔の多くはこの工程を通っています。特別なことではなく、現在の海苔づくりの標準的な技術だと考えていただくのが正確です。
ここがこの記事でいちばんお伝えしたい部分です。理由を知らないまま「酸を使っている/使っていない」だけで判断してしまうと、海苔の見え方を間違えてしまうと思うからです。
海の中では、海苔だけが都合よく育つわけではありません。アオノリをはじめとする別の海藻が網に付着すると、海苔の生育が妨げられ、商品として出せなくなります。酸処理は、この付着を抑えるために行われます。
海苔には赤ぐされ病などの病害があります。広がりはじめると、その網の海苔が一気に駄目になることがあります。ひと冬かけて育ててきたものが失われるということです。生活がかかっている以上、これを防ぐ手段があるなら使う。当然の判断だと思います。
酸処理を経た海苔は、色が濃く、艶が出やすいと言われます。そして買う側の私たちは、店頭で黒く艶のある海苔を選びます。つまり市場が求める見た目に応えるための工程でもあるわけです。
まとめると、酸処理は「収穫量」「病気」「見た目」という現実的な問題に対する、合理的な技術です。これを行っている生産者を、私は同業者として尊敬しています。批判される筋合いのものではありません。
酸処理をしない場合、雑藻や病気への対策を別の方法でまかなうことになります。代表的なのが干出(かんしゅつ)です。潮の満ち引きに合わせて網を空気にさらし、海苔以外の海藻を自然に弱らせる、という昔ながらのやり方です。
ただしこの方法は、潮位や天候にかなり左右されます。海の状態を読みながら網を上げ下げする必要があり、手間が増えます。そして何より、思ったように育たない年がある。収穫量が読みにくく、傷んだものも出ます。
結果として、無酸処理の海苔は流通量が少なく、価格も上がりやすくなります。「良い・悪い」ではなく、何を優先するかの違いだと私は考えています。
ここは正直に書きます。「無酸処理だから美味しい」とは言いません。海苔の味は、育った海の栄養、水温、摘む時期、乾燥や焼きの工程など、あまりに多くの要素で決まります。酸処理の有無だけで味が決まるわけではありません。
そのうえで、私自身の感じ方をお伝えするなら、無酸処理の海苔は口に入れたときのほどけ方が柔らかく、噛んだあとに磯の香りが後から立ってくるものが多いように思います。色は、艶やかというよりも落ち着いた深い黒。並べて比べれば違いを感じる方もいらっしゃると思います。
食べ比べれば誰でも分かる、とまでは言いません。ただ、私はこちらの海苔が好きです。
私はもともと製薬会社に勤めていました。海苔の世界に入ったのは、大学時代の友人が海苔漁師だったことがきっかけです。話を聞くうちに現場に惹かれ、自分も漁師として海に出るようになりました。
現場に入って感じたのは、海苔づくりが想像よりずっと自然任せで、そして担い手が減っているということでした。若い世代がほとんどいない。このままだと産地そのものが続かない。だから私は「若手で海苔業界を盛り上げたい」と思っています。これが今の仕事の出発点です。
そのうえで無酸処理の海苔を選んでいるのは、他を否定したいからではありません。手間をかけて作られたものが、その手間ごと評価される売り場を作りたいからです。作り方の違いがきちんと値段と評価に反映されるなら、産地の選択肢は増えます。それが業界のためになると考えています。
現在も産地の漁師さんと直接やりとりをして、その年の海苔を見ながら選んでいます。現場を知っている人間が選ぶ、というのが私にできることです。
A. そういう話ではありません。酸処理は国内の海苔養殖で広く行われている一般的な工程で、使用については各地で管理・指導が行われています。無酸処理は「別の作り方を選んだ海苔」であって、他を否定するものではありません。
A. 海域への影響については研究や議論が続いており、はっきりと結論が出ているわけではありません。当ブランドとして断定的なことは申し上げません。
A. パッケージの表示だけで判断するのは難しいのが実情です。気になる場合は、扱っているお店や作り手に直接尋ねるのが確実です。答えられないということは、まずありません。
A. 収穫量が読みにくく、手間がかかり、流通量そのものが少ないためです。品質のランクだけで決まっている価格差ではありません。
A. 当ブランドの海苔は宮城県・千葉県・兵庫県の国産海苔を使用しています。仕上げは宮城県七ヶ浜町の工房で行っています。七ヶ浜は、かつて皇室に海苔を献上してきた歴史を持つ浜です。
この記事でお伝えしたかったのは、「無酸処理を買ってください」ということではありません。海苔がどう作られているかを知ったうえで選んでいただきたい、ということです。
酸処理をしている海苔にも理由があり、していない海苔にも理由がある。それを知ったうえで選ぶほうが、食卓の一枚は面白くなると思います。今日の海苔が、少しでも違って見えたなら嬉しいです。
元海苔漁師が、産地の漁師と直接やりとりをしながら選んだ、酸処理をしていない焼き海苔です。